Bファクトリー加速器の概要

高エネルギー加速器研究機構 黒川 真一

詳しい情報 (In English)

1.Bファクトリー加速器の特徴

2.要求される性能

3.線形加速器の増強

4.ビーム光学設計

5.ビーム不安定性の克服

6.真空システム

7.衝突点

8.まとめ


1.Bファクトリー加速器の特徴

高エネルギー物理学研究所で1994年4月から建設が開始されたBファクトリーとは、B中間子(bクオークと軽い反クオークが結合してできた中間子)と反B中間子の対を大量にあたかも工場(ファクトリー)のように造りだすことを目的とする、電子・陽電子衝突型の加速器である。トリスタンは等しいエネルギーの電子と陽電子の衝突をおこなわせる対称エネルギーの1リング型衝突型加速器であるが、これに対し、Bファクトリーは、電子と陽電子のエネルギーが異なる非対称エネルギー、2リング型の衝突型加速器であることを特徴とする。

電子と陽電子はお互いに反粒子であり、質量が等しく、反対の電荷を持つ。エネルギーの等しい電子と陽電子は加速器の中で、同一の軌道を反対方向に周回するので、等しいエネルギーの電子と陽電子を蓄積するためには、1つのリングを用意すればよいことになる。これに対して、Bファクトリーのような非対称エネルギー型の衝突型加速器では、電子と陽電子は異なったリング中に蓄積されなければならず、2リングが必要となる。

実際には、既存の周長3kmのトリスタンのトンネルの中に電子を蓄積する8GeVのリングと陽電子を蓄積する3.5GeVのリングの2つのリングを並べて設置する。トリスタンのトンネルは十分に大きく、2つのリングを左右に並べて設置することができる。電子と陽電子はそれぞれのリングの中を反対方向に周回する。2つのリングは2ヶ所で交差するが、そのうちの筑波実験室中の1ヶ所、すなわち衝突点で、電子と陽電子が衝突することになる。他の交差点(富士実験室中にある)では、リングを上下にすれ違わせ衝突を起こさせないようにする。衝突点を囲んでBELLE測定器が設置される。(図1参照)。8GeVと3.5GeVというエネルギーは、B中間子の一対をちょうどつくりだすエネルギーである。

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図 1:Bファクトリーの構成。電子および陽電子は線形加速器から直接にBファクトリ ーのリングに入射される。2つのリングは2ヶ所で交差するが、そのうちの1ヶ所で電 子と陽電子は衝突し、他の交差点では、リングは上下にすれちがい、衝突は起きない。
 

電子の蓄積リングで問題となるイオントラッピング現象はエネルギーが低いほど深刻であるため、エネルギーの高いリングに電子を蓄積する。イオントラッピングとは、残留ガスがイオン化されて生じたイオンが電子の軌道の周辺に捕捉されることにより、電子ビームの運動が撹乱される現象であり、電子を蓄積する放射光加速器でよく問題となるものである。

2.要求される性能

衝突型加速器の性能はルミノシティとよばれるパラメータであらわされる。ルミノシティLは、断面積σを持つ反応の発生頻度Rが、R=Lσとなるように定義される。この定義からわかるように、ルミノシティは(長さ)-2x(時間)-1の次元を持ち、通常cm-2s-1を単位とする。Bファクトリーの特徴は、目標とするルミノシティが1034cm-2s-1と非常に大きいことにある。これは現在のトリスタンのルミノシティ4x1031cm-2s-1の250倍にあたり、現在世界最高のルミノシティ2x1032cm-2s-1を達成しているコーネル大学のCESRの50倍である。

衝突型加速器において、ルミノシティLは次の式によって表される。

Eqs01      (1)

ここで、EはビームのエネルギーをGeVを単位として、Iは蓄積電流をアンペアーを単位として表したものである。また、ξはビームビームチューンシフト、rは衝突点における垂直方向のビームサイズを水平方向のビームサイズで割った値、βy*は衝突点で垂直方向(y方向)にどれだけにビームを絞るかをあらわすパラメータであり、cmを単位とする。±はこの式が電子にも陽電子にも成り立つことを示している。ビームビームチューンシフトξは、衝突時に働くビームビーム力の強さを表す量であり、通常0.03−0.05という大きさを持つ。電子リングにおいては、ビームは非常に偏平であり、rの値は0.01−0.03と小さく無視してよい。結局、ルミノシティを大きくするためには、ξ と蓄積電流を大きくし、βy*を小さくすればよい。高エネルギー物理学研究所のBファクトリーにおいては、ξ として0.05という比較的大きな値を仮定し、かつβy*を1cmまで小さく(トリスタンでは4cm)するが、それでも必要な電流は最終的なルミノシティ10E34 /cm2/s に対して、電子リングにおいては1.1A、陽電子リングでは2.6Aとなる(現在のトリスタンの蓄積電流は電子と陽電子をあわせて15mA)。また、式(1)から明らかなように、蓄積電流とエネルギーの積は両リングで等しく、エネルギーの低い陽電子リングにより大きな電流を蓄積しなければならない。

電子・陽電子衝突型加速器においては、電子や陽電子が数千億個集まってできたバンチとよばれるかたまりが、リング中を周回する。1つのバンチが担うことができる電流はせいぜい数mAであり、このような大きな蓄積電流は非常に多くのバンチに分散させなければならない。Bファクトリにおいては、各リングに5、000個のバンチを蓄積することになる。

3.線形加速器の増強

Bファクトリーリングに電子や陽電子を効率良く入射するために、電子と陽電子は電子線形加速器から中間の加速器を経由することなく、直接に入射される。このため、現在の2.5GeV電子線形加速器を8GeVまで増強する。このエネルギー増強にともない、陽電子発生標的にあたる大強度電子ビームのエネルギーをこれまでの200MeVから約20倍の4GeV程度にあげることができ、発生する陽電子の強度もこれにともない、20倍となる。この強度は陽電子リングに蓄積しなければならない1.6x1014個の陽電子を800秒で入射できる強さである。直接入射と陽電子の増強が可能となることにより、入射時間の大幅な短縮がもたらされ、平均ルミノシティはピーク・ルミノシティの75%以上になる。

4.ビーム光学設計

KEKB加速器の第一の特徴は、衝突点でのビームが強く絞りこまれ、βy*が1cmまで小さくなることである。このような強い絞り込みは大きな色収差を造りだし、その補正のために強力な6極電磁石が必要となる。強い6極電磁石からくる非線形の力により、加速器のダイナミック・アパーチャが制限される。KEKBにおいては、セルあたりの位相の進みが2.5π(450°)のノン・インターリーブド方式色収差補正を採用することにより、必要なダイナミック・アパーチャを確保している。この方式は、KEKBの周長が長いことによって実現できるものである。

5.ビーム不安定性の克服

結合バンチ不安定性

 Bファクトリー加速器の難しさは、もっぱら蓄積電流とバンチ数が大きいことによっている。リングの中にはビームを加速するために、高周波加速空洞が設置されている。この空洞をバンチが通過するときに、バンチは空洞中に電磁波を励起する。加速空洞中では励起された電磁波はなかなか減衰せず、次にやってくるバンチは先行するバンチによって励起された電磁波によってゆすられ、同時に自分自身も空洞中に電磁波を励起する。ある条件のもとでは、この連鎖が正のフィードバックとなり、バンチの振動が次第に成長し、ついにはビームが失われてしまう。この現象を結合バンチ不安定性という。振動の成長速度は蓄積電流に比例するため、Bファクトリーのような大電流蓄積リングでは、この不安定性が非常に深刻な問題となる。

高周波空洞のモードと結合バンチ不安定性

 高周波空洞中に励起される電磁波のうち最も周波数の小さいものを基本モードといい、それ以外を高次モードという。基本モードはビームを加速するために用いられる電磁波であり、加速モードともよばれる。通常の蓄積リングでは、高次モードのみが結合バンチ不安定性を引き起こすのであるが、Bファクトリーのような大電流を蓄積する周長の長い加速器では、加速モードも結合バンチ不安定性の原因となる。加速モードに基づく結合バンチ不安定性は非常に強く、この不安定性を克服できるかどうかが、Bファクトリーの死命を制するといえる。 高次モードに基づく結合バンチ不安定性の克服 高次モードに基づく結合バンチ不安定性を克服するためには、バンチが通過しても高次モードが励起されにくい特殊な高周波空洞を開発すればよい。現在、この目的のための常伝導のチョークモード空洞および超伝導のシングルモード空洞の開発研究を平行して行なっている。

加速モードに基づく結合バンチ不安定性の克服

ビームが空洞中を通過すると、高次モードのみならず加速モード電磁波を空洞中に励起する。励起された加速モード電磁波は、クライストロンから供給される加速モード電磁場と位相が違う。このため、クライストロンからみたときに、あたかも余分なリアクタンス成分がつけ加わったようにみえる。このためインピーダンス整合の条件がくずれ、クライストロンから供給される電力の一部は反射されるようになる。空洞の共振周波数を下げる(ディチューニングする)ことにより、インピーダンス整合の条件を回復することができる。必要な周波数の変化Δfは、

Eqs02      (2)

と表される。ここで、fRFはクライストロンから供給される高周波電磁波の周波数(Bファクトリーでは508MHz)、Iはビーム電流、Vcは空洞あたりの加速電圧、Rは空洞のシャントインピーダンス(シャントインピーダンスをRとし、電力Pを空洞に供給したとき、浮oRの加速電圧が得られる。)、Qは空洞のQ値、φは平衡位相である。図2に示すように空洞の共振周波数は蓄積電流が大きくなるにしたがって小さくなり、空洞の共鳴曲線のピークは、ビームの周回周波数(Bファクトリーでは100kHz)毎に存在する結合バンチ振動の不安定なモード(図2において、+1,−1、+2,−2,...などはモードの番号であり、サフィックス+および−はそのモードが安定(+)か不安定(−)かを示す。各モードはビームの周回周波数f0の整数倍からシンクロトロン振動の周波数fsだけ離れた位置に存在する。)を次々に通過することになり、非常に強い結合バンチ不安定性が励起され、10マイクロ秒程でビームが失われてしまう。高次モードに基づく結合バンチ不安定性のときは、ビームにより励起された高次モード電磁波を空洞から取り除いてやればよかったが、加速モードに基づく結合バンチ不安定性の場合は、加速モードがまさにビームの加速に使われるために、この方法をとることができないことに、本質的な困難がある。ちなみに、この現象は高エネルギー物理学研究所のBファクトリーに限ったものではない。大電流を蓄積する、周長が大きな加速器、たとえば、SLACで建設が始まったPEP−II(米国のBファクトリー)、およびCERNのLHCに共通する問題である。

FIg02
図2:+1,−1、+2,−2,...は結合バンチ振動のモードの番号であり、サフ ィックス+および−はそのモードが安定(+)か不安定(−)かを示す。各モードはビ ームの周回周波数f0の整数倍からシンクロトロン振動の周波数fsだけ離れた位置に 存在する。fRFはクライストロンから供給される高周波電磁波の周波数。蓄積電流が 大きくなるにつれ、空洞の共振周波数は蓄積電流が大きくなるにしたがって小さくなり 、空洞の共鳴曲線のピークが次々と不安定な結合バンチ振動モードを通り過ぎることに なる。

高エネルギー物理学研究所のBファクトリーにおいては、加速モードによる結合バンチ不安定性を抑えるために、Dfをビームの周回周波数よりも十分小さいようにする。式(2)からわかるように、このためには、R/Qを小さくするか、Vcを大きくすればよい。常伝導空洞を用いたときには、Vcを大きくすることは難しいので、Qを大きくしてR/Qを小さくすることを試みる。図3に示すように、加速空洞(先に述べたチョクモード空洞)を結合空洞を介して低損失のエネルギー貯蔵空洞に接続する。QはQ=(蓄積エネルギー)/(2px空洞の共振周波数x単位時間あたりのエネルギー損失)であるから、低損失のエネルギー貯蔵空洞を接続することにより、エネルギー損失を大きくすることなく、系の全蓄積エネルギーを大きくすれば、Qを大幅に大きくできることになる。このタイプの空洞を高エネルギー物理学研究所では、ARES(ACCELERATOR RESONANTLY COUPLED WITH ENERGY STORAGE)と呼び、開発を進めている。ARESを用いることにより、最も厳しい場合である陽電子リングに2.6Aを蓄積したときでも、Dfは20kHzと周回周波数の100kHzと比べて十分小さくすることができる。

Figure03
図3:ARES。チョクモード型の加速空洞が結合空洞をかいして低損失のエネ ルギー蓄積空洞に接続されている。

超伝導空洞ではVcを常伝導空洞に比べて大きくして、Dfを周回周波数に比べて十分小さくすることができる。すでにプロトタイプの超伝導空洞ができており、Bファクトリーの必要性能を上回る、加速電場11MV/mを達成している。図4にKEKB用の超伝導空洞を示す。  いずれにしても、加速モードによる結合バンチ不安定性を克服できる空洞が製作できることがBファクトリーにとって最も本質的である。

Figure04
図4:Bファクトリー用の超伝導空洞。大口径のビ ームパピプが接続されたNbでできた単一セル空洞からなる。高次モードはビームパイ プの方向に逃げ出し、ビームパイプの内壁に取り付けられたフェライトにより吸収され 熱に変えられる。空洞は液体ヘリウムを貯めたヘリウム槽の中におかれる。液体ヘリウ ム槽を囲んで断熱真空槽がある。入力結合器は高周波電力を空洞に導き、チューナーに よって空洞の共振周波数を調整する。

バンチ毎のフィードバック

 バンチ毎のビーム振動を検出し、振動を減衰させるようにフィードバックをかけることにより、結合バンチ不安定性を抑えることができる。KEKBにおいては、2nsec毎にバンチが通過し、バンチ総数も5000に達する。このようなビーム条件のもとで動作するビームフィードバックシステムは一筋縄でいくものではなく、開発が鋭意行われているところである。  

6.真空システム

電子や陽電子のバンチは残留ガスとの衝突頻度をできるだけ小さくするために、高真空に保たれた真空ダクト中を周回する。電子の軌道が電磁石によって曲げられるときに、電子から放射光とよばれる光が放射される。発生する放射光の強さは蓄積されている電流に比例するため、大電流を蓄積するBファクトリーでは大強度の放射光がビームダクト内壁をたたくことになる。放射光はダクト表面からガス分子をたたきだして真空を悪化させ、またダクトの中で熱に変わり、ダクトを熱することになる。真空ダクトの材料としての銅は熱伝導が良く、大きな熱負荷に耐えることができる。また、放射光があたったときに発生するガス分子の数は、電子蓄積リングの真空ダクトの材質として通常使われるアルミニウムに比べて一桁ほど小さい。さらに、銅は比重が大きく5mm程度の厚さがあれば、ビームから発生した放射光を非常に良く遮蔽できる。しかしながら、銅の真空ダクトは、実際に使われている例が少ない。Bファクトリーで銅ダクトの実用化をめざし開発を進めている。

7.衝突点

KEKBにおいては、電子ビームと陽電子ビームは衝突点において+−11mradの角度をもって衝突する。このような有限角度の衝突は以下のような利点を持つことになる。、(1)衝突点以外の場所におけるバンチ関の寄生的な衝突を回避することができる;(2)正面衝突(headon collision)では必須のビーム分離用の2極電磁石が不要となり、この電磁石からの放射光をなくすことができる;(3)正面衝突では、ビーム分離2極電磁石からの放射光が衝突点におけるビームダクトの内径を小さくすることを制限しているが、ビーム分離電磁石が不要の有限角度衝突では、ダクト径を最少にできる;(4)KEKBにおいては、ビームの最終収束のための4極電磁石として超伝導電磁石を1対用いる。これらの超伝導電磁石と同一のクライオスタット内に測定器のソレノイドを補償する小型の超伝導ソレノイド電磁石をしこむことにより、測定器ソレノイド磁場のビームに対する影響を最小限に留めることができる。

有限角度衝突に基づくシンクロ・ベータトロン共鳴により、チューン・ダイグラムの上で良い動作点がとれなくなることが懸念されるが、これまでに行った計算機シュミレーションによれば、KEKBにおける有限角度衝突スキームでは、チューン・ダイグラム上において十分に広い動作点を確保できる結果を得ている。さらに、バックアップとして超伝導クラブ空洞の開発を進めているところである。

8.まとめ

以上KEKB加速器の特徴を簡単に紹介した。Bファクトリーは、目標とするルミノシティおよび蓄積電流が、これまでに電子陽電子衝突型加速器で達成された値の10−100倍という野心的な加速器である。しかしながら、この加速器を実現するために必要な要素技術は、これまで高エネルギー物理学研究所がトリスタンを建設し、かつ安定して運転を続けてきたことによってつちかってきた技術の延長上にあり、しっかりした基礎の上に立っているといえる。Bファクトリーは1998年度中に建設を終了し、総合運転を始める計画である。


Table 1. Main Parameters of KEKB.
RingLERHER
EnergyE3.58.0GeV
CircumferenceC3016.26m
LuminosityL1E34/cm2/s
Crossing angleθx+/- 11mrad
Tune shiftsξx / ξy0.039 / 0.052
Beta function at IPβx* / βy*0.33 / 0.01m
Beam currentI2.61.1A
Natural bunch lengthσz0.4cm
Energy spread σE/E7.7E-47.8E-4
Bunch spacingsB0.6m
Particles / bunch 3.3E10 1.4E10
Emittanceεx / εy1.8E-8 / 3.6E-10m
Synchrotron tuneνs0.01 ~ 0.02
Betatron tuneνx / νy45.52 / 45.0846.52 / 46.08
Momentum compaction factorαp1E-4 ~ 2E-4
Energy loss / turn Uo0.874.8MeV
RF voltage Vc5 ~ 1010 ~ 20MV
RF frequency fRF508.887MHz
Harmonic numberh5120
Energy damping decrementTo/τE2.5E-45.9E-4
Bending radiusρ15.376.6m
Length of bending magnetLb0.864.3m


これは,高エネルギー物理学同好会誌である「High Energy News」95 年 4 月号に掲載された,同タイトル記事を転載したものです.


by Nobu Toge at KEK.